教師のススメ 

出席番号1番 〜今立った、スタートライン〜

  4月の第一週目というのは、学生にとっては新しい学年への“期待と不安”で胸いっぱいの春休みの真っ最中。 
  学生たちが思い思いに楽しんだり、何かに悲しんだり、そして励んだりしているこの時期、それとは対照的に、時間が足りないぐらい忙しくしている人たちがいた・・・。
 「だーっ! なんで春休みなのにっ!」
 「“春休み”ってのは、学生のもので、私達には関係ないの・・・。」
 「あんっ!? 何大人ぶってんのぉ!? これだから・・・。」
  高校へ続く坂道の途中で、怒鳴り声とも思えるような声が響く。 
 「そうそう、“大人”だから大人ぶるの。」
  ほとんど呆れ果てた口調にも思える。 
 「・・・けっ! だから“オバさん”は・・・」
 「あ!? 誰がよっ! あんた同い年でしょーがっ!」
  つぶやくようにはき捨てたその言葉に、すさまじい反応を見せる。
 「はいはいっ! にゃもはねぇ、そーやって、怒ってるほうがお似合いよー♪」
  言うなり、“べー”という表情を相手にし、走り出す。
 「ちょ、ちょっと待ちなさいっ! ゆかりっ!」
  さすがに頭にきたのか、逃げていく相手を猛スピードで追いかける。 しかし、逃げるより追う側のほうが早く、すぐに追いつき腕で相手の首を締め上げる。
 「いてででで・・・っ! 止めれぇ・・・、苦じぃ・・・」
  そうとう頭にきたのか、すさまじい力で締め上げているらしく、相手側はかなり苦しそう。
 「ほーらぁ、謝ったら放してあげるわよぉ。」
  怒る表情の中にも、何かうれしそうな・・・。 それはまるで、日ごろの何かを晴らすような・・・。
 「・・・朝から元気ですなー。 谷崎先生と黒沢先生はぁ・・・。」
 「・・・げっ! 木村・・・先生・・・。」
  じゃれあう二人は同時に言葉を発し、絶句する。 そんな二人のことなど、気にも留めていないのか、それだけ言い残すと、前に向き直り歩いていく。
  もちろん、二人はただ固まったまま、その姿を見送るしかなかった・・・。
 「・・・まっ、まさか、木村先生いたとは・・・。」
 「・・・にゃも、私ねぇ。 たまにあの人“人間違うんじゃない”って、思うときあるんだけど・・・。」
 「・・・私も。」
  後姿を見送り、じゃれあいポーズのままで、つぶやくように二人が言う。
  あの幽霊先生事、“木村”先生が言っていた“谷崎”と“黒沢”というのは、締め上げているほうが“黒沢 みなも”先生。 締め上げられているのが“谷崎 ゆかり”先生。
  残念ながら、三人とも同じ高校の教師である。
 「・・・。 いこっか、谷崎先生。 遅刻しちゃう・・・。」
 「うん、黒沢先生・・・。」
  硬直していた二人は、無表情のまま体制を戻し、木村先生の後を追うように歩き出した。 その姿は、なぜか放心状態であったが・・・。

  ちょうど同じころ、この坂道の下のほうでは・・・。
 「昨日はごちそうさまでしたぁ! 楽しかったです!」
 「そう? だったら、ちょっと遠かったけど、食べに行ってよかったってもんだ!」
  満面の笑みを浮かべる東に、なぜかイバって答える中田。 どこかで出会ったのか、同じ目的場所である、“高校”に向かって歩いていた。
 「・・・でも、吉崎先生に悪いことしたかも・・・。」
  言うなり、東の表情が暗くなる。
 「気にしないってっ! アイツが“ジャンケンで負けたモンのおごりやでぇ〜”とか、ぬかすからだ!」
  東とは対照的に、中田はどんどん明るく、楽しそうな表情を浮かべて言い放つ。
 「いやー・・・。 昨日は人間の限界超えるかと思ったよ!」
 「でも、吉崎先生・・・。 一人悲しそうで・・・。」
 「悲しませとけ、悲しませとけっ! 弟子はそうやって強くなるっ!」
  良くわからない理屈をこねる。
 「そうですね! これも昨日言ってた“修行”なんですねっ!」
  ・・・え?
 「私も頑張りますっ! ホント、勉強になりますっ!」
  やはり、“類は友を呼ぶ”ってことであるのか、中田の訳の分からない言葉に、納得の表情を浮かべ何度もうなずく東がいる。 間違いなく、このままでは未来ある教師の人生が危ないっ!
 「しかし、和生はどうしたんだ? 先にいっちまったのかなぁ?」
  さっきまでの言葉の意味とは正反対の表情を浮かべ、中田が周りを見渡す。 しかし、自分たちの歩いている前後には、人らしき姿は誰も見えない。 
 「中田先生は、なんだかんだ言って、吉崎先生のことを心配してるんですねぇ。」
  中田の心配そうな表情を見ていると、なぜか東はうれしくなって笑顔がこぼれた。
 「・・・実をいうと、ちょっとやりすぎたかなぁって・・・。 ほぼ六年ぶりに再会したけど、アイツのあの“へこみ”方・・・。 会話にならんかったろ?」
  その言葉に、東が何度もうなずいた。 一体、吉崎になにが起こったのかは定かではないが、中田はどんどん言葉を続ける。
 「実は、今どこに住んでいるのかもわからんのだぁ・・・。」
  言いながら、腕を組み視線を落とす。
 「吉崎先生、昨日は電車で来たって言ってましたよ。」
 「えっ? そうなの?」
  さらっと笑顔で答える東に、思わず驚きの表情で中田が聞き返す。
 「昨日、しきりに“ごっつ遠いわ、引越しかいなぁ”って、ぼやいてました。」
 「・・・そんなに遠いの?」
 「はい! 笑顔でものすごく悩んでましたよ。」
 「うーん・・・。 アイツの笑顔の意味がわからん・・・。」
  苦笑いを浮かべながら、中田は空を見上げる。 今日も雲ひとつない青空が広がっている。 
  しばらくの間、二人は黙ったまま学校へ続く坂道を歩いていく。
 「しかし、相変わらずみたいだなぁ・・・。 アイツは。」
 「・・・? 吉崎先生ですか?」
 「うん、なんだか安心した。」
  空を見上げたまま、中田がつぶやくように言う。 その表情はなぜか笑顔である。
 「・・・そういえば!」
  東が急にハっとした表情で大きな声を上げる。 もちろん、隣を歩いていた中田は、驚いたのか少し飛び上がるしぐさを見せた。
 「どっ、どうした? 急に・・・。」
 「すいません! 大したことじゃないんですが・・・。」
  立ち止まり、申し訳なさそうに中田に深々と頭を下げる。 そんな東の肩を軽く中田がたたく。 
 「気にしなくてよい! で、どうした?」
  中田の言葉を聞き、苦笑いを浮かべながら東がゆっくりと頭を上げる。
 「・・・どうして、“師匠”なのかなって。」
 「・・・なんでだろー?」
 「えっ?! わからないんですか?」
  東の質問に、少しの間考えこんだが、中田には答えが出なかったらしい。 予想外だったのか、東が驚きの表情で聞き返す。
 「・・・うん、気がついたら、そうなってた。」
 「本当ですかぁ?」
 「これはホント。 マジなんだ。」
  中田を疑いの目で見つめる東。 真剣に信用していないのか、口調がドコとなく意地悪っぽい。 しかし、中田はそれを気にも留めず、真剣な表情で答えている。
 「以外に、アイツとの関係は・・・。 今だ謎の部分が多い・・・。」
 「だったら、中田先生は、本当は吉崎先生のことあんまり知らないんだぁ・・・。」
 「いや、そうじゃないんだけど・・・。」
 「他にも、たくさん聞きたいことあるんだけど・・・。 全部わからなかったりして。」
  冗談っぽく言うと、笑顔で中田のほうを見る。 しかし、中田の表情はあいも変わらず真剣な表情で考え込んでいる。 
 「・・・、真剣に、答えられないかも・・・。」
 「・・・!」
  これはまさしく予想外! 東もなぜか必要以上のオーバーアクションで驚きを表現する。 
 「仲がいいんじゃ・・・。」
 「だからと言って、“仲がいい”から相手のことを何でも知ってるとは限らないさ。」
  中田のその言葉に、少し考え込むしぐさを東が見せる。
 「・・・確かに、そうですねぇ。」
 「まぁ、わかることは答えるとしよう!」
  一転、その言葉を言うと同時に、中田の表情が満面の笑みに変わる。 もちろん、それを見て東の表情も明るいものへ変化する。
 「はいっ! 勉強になりますっ!」
 「ん? なにが?」
  元気に答える東のその言葉を聞き、思わず突っ込んでしまう中田。 しかし、東はただ笑顔を振りまいているだけである。
 「・・・まぁ、いいや。 早く行こうか? 遅刻しちまう。」
 「そうですねぇ! ・・・あっ!」
  東の笑顔を不思議そうな表情で見つめながら、中田がはきすてるように言い、坂道を学校に向かって歩き出す。 相変わらずの笑顔で答えると、東も後に続くように歩き出す。 が、何かに
気づいたのかすぐに立ち止まった。
 「どうした?」
 「・・・あれ。」
  立ち止まった東を振り返るようにし、中田が言葉を掛けると、なぜかボーっとした表情を浮かべながら、東はたった今隣を走り抜けていった一台の車を指差した。
 「あれが、どうかしたか?」
 「今、吉崎先生乗ってた・・・。」
  中田の問に、東がつぶやくように答える。 
 「なにっ!」
  その答えに、異常なまでの反応を示し、中田は走り去っていった“吉崎号”らしき車のほうを
振り返った。 車はすでにはるか遠くに見える。
 「ぐううぅぅ・・・! アイツぅ・・・。」
  握りこぶしを顔の前に作り、なぜか激しい怒りの表情を見せる中田。 悔しいのか、言葉に
ならない声がでる。 
 「あっ、あれぇ? かなり怒ってますかぁ?」
  そんな中田の姿を見て、東が苦笑いを浮かべながら、わけのわからない言葉を話す。
 「あたぼーよぉ・・・。 普通な、普通だよ? “俺達見つける=車に乗せる”だろ!? そーだろぉ?!」
  すさまじいまでの怒りの表情を浮かべながら、中田は東にジリジリと詰め寄る。 もちろん東は半泣きで、そんな中田に何度もうなずくことしか出来ない。 中田の怒りのボルテージは上がりっぱなしなのか、そんな東に気づくはずがない。
 「それを、しかとかますとはっ! ぬおぉぉぉ・・・! なんてヤツだっ! お仕置きしてやるっ!」
  走り去った車のほうを指差しながら、中田はなぜか勝ち誇った表情を浮かべている。 
見れば、その後ろではそうとう怖かったのか、東が今にも泣き出しそうな表情になっている。
 「・・・ふぇーん、この人怖いよぉ・・・。」
 「そうかっ! 東先生もお怒りかっ! よーし、今日は和生を血祭りにするぞ!」
  すでに、中田の中で“東=仲間=弟子”みたいな方程式が出来上がっているらしく、東のそぶりが全て、自分に共感しているように見えるらしい。 もちろん、今の東はかなりの勢いで首を横に振っているのだが・・・。
 「うひゃひゃひゃ・・・! 楽しみだぁ・・・。」
 「えーん、助けてぇー・・・。」
  もちろんこの後、二人は全速力で坂道を駆け上がって言ったのは、言うまでもない・・・。

この日は、この学校の教員一同が一同に会し、新任・赴任組みと在籍組みの顔合わせを行うと同時に、個々の教師の今期一年間の担当を発表するという、言わば学生で言う“始業式”に当たる日である。 
  開始時間が近いのか、職員室にはたくさんの先生達がおもむろに席に着いたり、楽しそうに会話したりしている。
   ガラガラガラ・・・
 「・・・はぁ、はぁ。 何とか間に合いましたね!」
  職員室の扉が開き、息を弾ませながら入ってくる人影があった。
 「・・・、やっぱし、あの坂道は以外に厳しいなぁ。 死ぬかと思ったよ・・・。」
  安堵の笑みを浮かべながら、続いて入る。 かなり息は切れているが、声はうれしそうである。
 「でも、中田先生って以外に体力無いんですね。 ピューって・・・。」
 「うるさいわい、油断しただけじゃい・・・。」
  職員室に先に入った東が、意地悪そうな笑顔を浮かべながら、後に入ってきた中田のほうを振り返る。 言われるや否や、イライラした表情でつぶやくように中田が答える。
 「あっ、怒りましたぁ?」
 「うんにゃ、べっつにぃ!」
  今がチャンスとばかりに、意地悪口調の東に、怒ってしまったのかそっぽを向く中田。 だが、突然東の表情が真剣なものに変わり、周りを見渡す。
 「どうした?」
  東の様子に気がついた中田が、真剣なまなざしで声を掛ける。
 「・・・私たちは、ドコに座るんでしょう?」
 「・・・あっ。 確かにそうだわ。」
  東の言葉に、中田はハッとしながら、慌てて周りを見渡す。 もちろん、新任&赴任組みの二人には、顔見知りなどいるわけもない。
 「適当に座るんですかぁ?」
 「いや、絶対決まってるはず・・・。 俺が新任のときもそうだったし、入学してきた学生もそうだろ?」
 「はい。 そう言われれば・・・。」
  中田が顔の前で右手の人差し指を立てるしぐさを見せながら話せば、東は腕組みをして、何度もうなずく。
 「どっかに、席割があるはず・・・。」
 「あれ? どないしたん? 忘れもんかいな?」
  中田の言葉をさえぎるように、不意に二人の後ろから声がかかる。
 「・・・かっ、和生!」
 「あー! 吉崎さん!」
  振り返れば、不思議そうな表情で立っている吉崎がいた。 そんな吉崎にはおかまいなく、なぜか二人は歓喜の声を上げる。
 「ちょーど良いところにいた! 俺達の席はどこだ? 教えろ!」
 「? いきなりなんかいなぁー思うたら・・・。 張り出し見てへんのかいなぁ?」
  救いの神を見たような表情の中田に対し、驚きの表情を見せる吉崎。
 「張り出してあったんですかぁ?」
  東は吉崎の言葉に驚いたらしい。
 「今も張ってるで。 職員用玄関と職員室の扉の外に・・・。」
  扉を指差し、少々ため息混じりであきれた表情を、吉崎が見せる。 しかし、今の二人にはそんなことは気にならないのか、吉崎に言われすぐさま職員室を出る。 扉を閉めるや否や、すぐさま張り紙のチェックを行う。 
  たしかに、吉崎が言う通り、扉のガラス部分に張り紙がしてあった。
     “職員室席割り表”
  張り紙にはこう記載されており、簡単ではあるが職員室の全体の見取り図になっている。 
そこに、机の位置に先生方の名前が記入されている。
 「・・・。どこですかねぇ? 私達・・・。」
 「書いてある? 名前?」
  二人して、必死の形相で自分の名前の書かれている机を探す。
 「あっ、そうそう。 ししょーは名前そこやなくて、“用務員室”にあったで。」
  少し扉が開き、そこから吉崎が笑顔をのぞかせる。 
 「何っ! マジかっ!!」
 「・・・うそ。」
  その瞬間、中田の顔が怒りに硬直する。
 「あら? 殿のお怒りじゃ。」
 「・・・お前、死にたいらしいなぁ。」
  こういうときでしか中田をからかうことが出来ないのか、ここぞとばかりに吉崎が満面の笑みを見せる。 もちろん、中田の“怒りのボルテージ”はみるみるうちに上昇していく。
 「・・・あっ! 私はありましたっ!」
  そんな二人のやり取りなど、まったく気にする様子もなく、席割り表の自分の名前を指差しながら、マイペースな東が満面の笑みで歓喜の声を突然上げる。 その声に、二人は驚きの表情で、身を弾ませるような少々オーバーアクションとも言えるような驚き方をする。
 「・・・“私は”って?」
 「中田先生は・・・、ないですねぇ。」
  恐る恐る聞く中田に、笑顔で東が答える。
 「・・・っ!」
  絶句とは、まさにこのこと。 中田の表情は一段と驚き度が増す。
 「いいじゃないですか? 用務員室で。 ねぇ、吉崎先生?」
 「えっ!? うそやって、ここにあったんちゃうん!?」
  東が吉崎に笑顔を向けると同時に、中田と同様の表情で、慌てて席割り表を覗き込む吉崎。 
 「・・・あっ。」
  吉崎の指差した先の名前を見て、三人が同時に声を出す。 そこには、中田の名前がしっかりと記載されている。
 「わぁー、もう! 吉崎さんっ!」
 「しもたぁ・・・。 やられたぁ・・・。」
  東が怒りの表情を吉崎に向ける中、何がそんなにショックだったのか、がっくりうなだれる吉崎がいた。
 「・・・おい、こらぁ。 東・・・?」
  怒りの臨界点寸前の中田が、東のほうを見る。 その顔はまさに“般若”そのもの。
 「あれぇ・・・? 中田先生、顔怖いぃ・・・。」
  苦笑いを浮かべ、東が少し後ずさりする。
 「よ、吉崎さん、殿のお怒りですぅ・・・。」
 「・・・。 東先生のボケに乗れなかった・・・。 関西人失格?」
 「そんなこといいですから、助けてくださいよぉ!」
  かなりショックだったのか、吉崎はうなだれたままつぶやくように何かをブツブツ言っているだけで、東のことなど、今は視界に入っていない。 その姿を見て、東の顔に焦りの色がでる。
 「・・・“おしおき”だぁ!」
  般若の中田が東にせまる! しかし、吉崎はショックのせいで動けない! もちろん、東は
パニック状態に陥って、半泣き状態。
 「・・・ふえーん。」
  東が変な泣き声をあげる。
 「ししょー、そろそろ席に着かないと。 また昨日の説教部屋に・・・。」
 「・・・なにっ! そんな時間かっ?」
  後ろからの不意にかかる吉崎の声に、我を取り戻す中田。 慌てて時計を確認する。
 「・・・。 東先生、後でゆっっっくり・・・。 ふへへへ・・・。」
  “怒り笑い”というのか、不思議な表情で東にそういい残すと、これまた不思議な笑い方をしながら、立ち去っていった。
 「ううっ、あにょにょとぎゃばい・・・。」
  まだパニック状態の東については、何が話したいのかも解読不能。
 「ほら東先生、いつまでもそうしてんと。 早よせな、また説教やで。」
  吉崎の言葉に、子供みたいに何度もうなずいてみせる東。 鼻を軽くすすりながら、両手で両目を軽く押さえている。
  そんな東の姿をみて、なぜか思わず微笑んでしまっている自分がいるのに気がついた。 なぜかはわからないが・・・。
 「・・・。 ごめんなさぁーい。 行きましょ!」
  落ち着いたらしく、両手を目から離すと、吉崎に笑顔を見せた。 東の笑顔を見るなり、なぜか赤くなっている吉崎がいた。
 「? どうしたんですか?」
 「いっ、いや、別に・・・。 ほな、行こか。」
 「はいっ!」
  吉崎の様子に不思議そうな表情を東が見せたが、それにすぐに気づき、吉崎は笑顔で答え振り返ると、自分の席のほうへ歩き出す。 東もその後に続くように歩き出した。
  それは、まるでこれから始まる“教師生活”に向かって、歩き出すように・・・

  三人が席に着き、しばらくするとここの学校の校長らしき人物と、教頭らしき人物が入ってくる。 手短に二人が一通りの話を終えると、各学年ごとの話が始まる。
  この職員室は、大きく分けると4つのブロックに分けられている。 1・2・3年生の各学年の担任団のブロックに、そのどこにも属さない先生達のブロックの4つである。
  運がいいのか悪いのか、三人とも同じブロックにいた。
 「それでは一年間、“一年学級担任団”はこのメンバーで行きますので、よろしくお願いします。」
  白髪交じりの、少し年配の先生が話を終え、席に着く。
  そこのブロックの中に“ボンクラティーチャーズ”の姿が見える。 そこはさっきの先生が言った
通り、一年学級担任団のブロック。 ブロックの中では、一番大所帯になっている。 三人とも、比較的バラバラの席の配置になっていて、今回は黙って真剣な表情で話を聞いている。
 「それでは、簡単に“自己紹介”しましょうか? その後、担当教科と担当クラス、担当のクラブに受け持ちの特別教室もあるんで、その発表します。」
  司会進行役なのか、白髪の先生が話を続ける。
 「では、こちら側から、回っていきましょうか?」
  そういうと、自分の左側の先生を軽く手差しした。 すると、手差しされた先生がゆっくりと立ち上がり、軽く辺りを見回す。
 「えー・・・。 木村(きむら)といいます。 国語が専門です。 どうぞよろしく・・・。」
  言い終えると、すぐに席に着く。 見た感じは、外見は暗めで、掛けた眼鏡の奥の瞳は確認することが出来ない。 一言で言うと、何を考えているのかわからないというタイプである。
 (・・・、なんだか怖い人だなぁ。)
  木村を見ながら、東が思わずそう感じた。 外見ではなく、何か精神に訴えるものがあるらしい。 気がつけば、曇った顔をしている。 だが、そんなことはお構いなく、気がつけば隣の席の先生が立ち上がっている。
 「えーと、今年からこちらに赴任して来ました、中田 一洋(なかた かずひろ)といいます。 えー・・・、僕も国語が専門で、情報処理も担当できます。 まだ、教師三年目なんで、そういう面でも、ご指導お願いします。」
  言い終えると、すっと席に着き、なぜかすまし顔である。 
 (・・・めずらしいやん。 かなりよそ行きアピールして・・・。 ごっさ緊張しとんねんなぁ。)
  思うと、自然に吉崎の顔に笑顔がでる。 気がつけば、中田が“どうだっ!”といわんばかりに笑顔を吉崎のほうに向けている。 しかし、すぐに入れ替わるように次の先生が席を立つ。
 「俵山 友里(たわらやま ゆり)と言います。 理科が専門で、特に物理・化学が専門です。 ちょっと体が弱いので、もしかしたら迷惑掛けるかもしれませんが、頑張りますので、よろしくお願いします。」
  軽く一礼すると、席に着いた。 
 (わぁ・・・。 きれいな人だなぁ・・・。 体悪いように見えないなぁ。)
  東は俵山を見つめながら、そんなことを感じていた。 自分と体系はそんなにかわらなが、東とは明らかに違うものがあった。 
 (どうしたら、大人っぽくなれるかなぁ・・・。)
  東の向けるその視線は、憧れのものになっていた。
  しかし、そんな東に気づくことなく、どんどんと自己紹介は進んでいく。
 「ウチは、吉崎 和生(よしざき かずお)いいます。 専門は理科と数学で、理科はどちらかというと生物・地学の自然科学が専門になります。 ちなみに、保健体育の免許も持っているので、体育関係も教えることも出来ます。 ウチも教師になって三年目なんで、色々教えてください。 お願いします。」
  言い終えると、そそくさと席に着く。 なぜか顔は少々赤くなってうつむいている。
 (うひゃひゃひゃ。 アイツ、そーいやぁ、こういう始めての場面って、苦手なんだよなー。)
 (・・・あれぇ? 意外だなぁ。)
  中田も東も、互いに思うことは違えど、吉崎に向ける表情は同じである。 二人とも、少々意地悪っぽい表情。 吉崎もそれに気づき、ただ苦笑いを浮かべている。
 (後でおもいっきり、ちゃかしてやるっ!)
  吉崎に向ける表情が、どんどんエスカレートする中田に、吉崎が苦笑いで答える。 しかし、青筋が立っているような・・・。
  続けて、次の番の先生が立ち上がる。
 「はーい! しつもーん!!」
  が、しかし、ほぼ同時に手を上げる姿が・・・。 ちょうど、吉崎の目の前の席の女性である。 いきなり立ち上がると、吉崎に向かって指差すや否や、無表情で口を開く。
 「あんたさぁ、なんで“関西弁”な訳ぇ?」
 「・・・。」
  その言葉に、一同が唖然とする。
 「・・・え?」
 「聞こえない? だから・・・。」
 「よしなさいよ! いきなり、何いってるの!? そんなことどうだっていいじゃない!」
  いきなり指差され、予想だにしない質問をされてたじたじの吉崎に、少し離れた女性教師が助け舟を出してくれる。 
 「えー! だって気になるじゃん!」
 「そんなの、こんな場面で聞くことじゃないでしょ!?」
 「えっ! ええっ・・・。」
  言い合いが始まる。 そんな二人をあたふたしながら、吉崎は困惑しながら見ることしか出来ない。
 「・・・、お前達は黙ってろ!」
  見るに見かねて、司会役の先生が怒鳴り声を上げる。 他のブロックの先生方が何の騒ぎかと注目するほどの、大きな声である。
 「・・・すいません。」
  言い合う二人が、ほぼ同時にしょんぼりと方を落としながら言う。 立っていた女性教師のほうは、そのまま自分の席へと腰を下ろす。
 「そしたら、続けて。」
  一瞬の出来事に、一同は唖然としていたが、司会役の先生に言われ、はっとした表情に変わる。 
  そして、本来口を開くべく、立ち上がっていた先生が、言葉を続ける。
 「えーと・・・。 僕も新しく赴任してきました、間宮 博史(まみや ひろし)といいます。 専門は社会科全般になります。 迷惑掛けるかもしれませんが、よろしくお願いします。」
  軽く一礼し、席に着く。 だが、すぐに自分の左前に座る、さっきの“いきなり質問教師”に目がいってしまう。 
ちょうど、食卓で言うと、司会の先生と自分の席が端の部分にあたり、机の半分を堺にして、垂直になるように、他の先生達が机をあわすように座っている。 間宮の席の前は、ちょうどその教師と、右前の吉崎が座ってる形になる。左前の女性教師は、吉崎を見ながら、ムスっとした表情でブツブツ何かを言い続けている。 吉崎に関しては、目をあわさないように、全く別の方向を見ている。
 (この女の人って・・・。 この人トバッチリだよ、かわいそう。)
  そんな光景を目の前に、そう思わずにはいられなかった。
 (・・・。 この学校って、色物多い!?)
  遠くで同じ光景をみつめながら、中田も思った。 しかし、その表情は、なぜか喜びにあふれている。
 「・・・あっ、あのぉ。 順番ですよぉ。」
  東が隣に座る怖い顔になっている女性教師に、恐る恐る声を掛ける。
 「えっ!? もう?」
  東の言葉で素に戻ったのか、周りを見渡している。 もちろん、吉崎以外の教師は彼女を注目している。
 「早くしないか、時間無いんだ!」
  司会の先生も我慢の限界か、かなりの怒り口調である。
 「・・・へいへい、さっさと済ませやすよ・・・。 面倒くさいなぁ・・・。」
  言いながら、ダラダラとゆっくり立ち上がる。 きっと、本人は小声で言っているつもりなのだろうが、全員にはっきり聞こえている。 
 (怖いよぉ・・・。 なんでこの人が隣なのぉ・・・。)
  隣の東は、何もされていないのに、すでに涙目になっている。 
 (この人、強いなぁ・・・。)
 (やるなっ! 反逆者! ・・・燃えてきた。)
  その勇姿を見ながら、吉崎と中田はそう思った。
 「谷崎 ゆかり(たにざき ゆかり)っていいまーす。 英語でーす。 よろしくー。」
  言い終えると、勢い良く席に座り、両方の腕で頬杖をつく。 その表情は何も恐れるものはないといった、無表情。
 (すっ、すごいぜっ!)
  中田の目が、なぜか輝いている。
 (・・・あっ、元“ヤンキー”なんや。 学生ん時、暴れとったんや。 きっとそう・・・。)
  勝手にそんな想像を膨らまして、吉崎は自分に納得しようとしている。
 (いやぁぁぁ・・・。 代わってぇぇ・・・。)
  心の中で、東が大声で叫んでいる。 無論、聞こえるわけがない。
 「・・・、次、お嬢ちゃんの番よ。」
  放心状態の東に、今度は谷崎が声を掛ける。 その表情は相変わらずではある。
 「はっ、はいっ!」
  谷崎の言葉に反応するように、大きな返事をして勢いよく、東は立ち上がった。
 「え、あっ、えーの・・・、わっ、わたくしが、音楽のっ・・・、っで、いっと、担当が新人で・・・。」
  いきなり、わけのわからないことを東が言い出す。 しかも、大きな声・・・。 もちろん、周りからは笑い声が聞こえる。
 「ちょ、ちょいちょい、東さん? 落ち着いて、深呼吸して。」
 「だっ、だいじょーびでありますっ!」
  んなわけない。 中田の声に反応はするが、言葉は相変わらずめちゃくちゃである。
 「・・・。 おっ!」
  そんな、東をジーっと見ていた吉崎が、何かを思いついたらしく、軽く手をたたく。 そして、すぐさま行動開始。
  おもむろに机の上を見渡してみる。 そして・・・。
 「でーっやーっ!」
  机の上にあった消しゴムを拾い上げ、勢いよく立ち上がり、なんと、それを東の額めがけて投げつけた。 しかも、全力で・・・。
   パッコーン!
 「にゃーっ!」
  その消しゴムは、見事東の額に命中! 激しい消しゴムの威力に、東は後ろにのけぞるようにフラフラと椅子に倒れるように座り込む。 そんな東とは対照的に、消しゴムはどこかを転々と転がっていく。
 「完璧!」
 「ちょっ、ちょっと! 何してるんですかっ!」 
  ガッツポーズの吉崎に、すぐ隣の俵山が大声を上げる。 
 「えっ?」
  吉崎は驚いた表情を見せ、俵山を不思議そうに見つめる。
 「“え?”じゃないでしょ!? 怪我したらどうするんですかっ!」
 「こっ、これは、ちゃうねん・・・。」
  怒りの表情で迫る俵山に、苦笑いで答える吉崎。 そんな吉崎を見て、俵山のボルテージはどんどん上がっていく。
 「なにが“違う”んですかっ! 怪我するどうこう以前に・・・。」
 「・・・あれ? なにしてるんですかぁ?」
  見れば、目の前で言い合いをしている二人を見て、不思議そうな表情を浮かべている東がいた。
 「東先生、大丈夫!?」
 「? なにがですか? ・・・、でも、なんかここが痛いなぁ。」
  俵山の言葉に、東が首をかしげる。 しかし、額は痛むらしい・・・。
 「なにって、さっき・・・。」
 「東先生、さっきウトウトして、机でぶつけてたよ。 忘れちゃったの?」
 「なにっ!」
  俵山の言葉をさえぎるように、中田が口を挟んでくる。 もちろん、俵山はそんな中田に驚きの表情を向ける。
 「・・・? そうかもしれなぁーい・・・。」
 「ええっ!?」
  これは、一同の声。
 「だから痛いんだぁ。」
  一人納得の東。 満面の笑みになる中田。
 「そうそう! ほら、東先生の番、きてるぞ。」
 「えっ! それは大変!」
  言うと、東はあわてて立ち上がる。 もちろん、そんな東を見て、全員が唖然とする。 ・・・中田、吉崎以外。
  唖然としながら、席に着く俵山の隣で、なんともいえない汗をかいている吉崎。 苦笑いの表情のまま、席に着く。 そんな時、ふと何かの視線に気づき、その方向を見た。
  見れば、中田が得意げな表情を浮かべながら、吉崎のほうを見ていた。 そして、視線がぶつかるやいなや、軽く左手の親指を突き立てる。
 (あっ!)
  思わず、笑みがもれ、吉崎も同じように親指を突きたてた。
 (高校時代から、あの人変わってへんなぁー。)
  吉崎の笑みは、行動が成功したことよりも、今の中田の行動のほうがうれしく思い、自然に出てしまった。 
  二人は、高校からの親友でもあり、ライバルでもある。 二人の間には、言葉ではないこうした“合図”での意思のやり取りもたくさんしていた。 それを、この“6年”という長い時間、忘れずにいてくれたことが、とてもうれしかった。
  だが、そんな時間もつかの間。 すぐにお互いが、東のほうへと向き直る。
 「私は、今年から教師になりました、“ひ・が・し”美奈代(みなよ)って言います。 これでも、音楽の先生になりました。 ・・・えっと、よく、名前を“あずま”って、間違われます。 ・・・、えっと。」
  どんどん、東の表情が曇っていく。 なにが言いたいのか、自分でもわからなくなっているらしい。 
 「だっ、だから・・・。 皆さん間違えないでくださいね♪」
  言い終えると、かなり赤面しながら席に着く。
 (はっ、はずかしい・・・! なにしてるんだろぉ・・・。)
  東はうつむいたまま、自分に後悔している。
 (なに、今年は“バカ”ばっかか?)
  周りの面々をみながら、谷崎は思う。 ・・・ってか、あんたが思うな。
  東が席に着くと同時に、次の番の先生がゆっくりと立ち上がった。 その表情は、東野言動が面白かったのか、変に笑顔である。
  「わたしは、黒沢 みなも(くろさわ みなも)といいます。 保健体育が担当です。 これから一年間、よろしくお願いします。」
  一礼すると、席に着く。
 (この人はカッコいい・・・。 こっちの人は“変”だけど。)
  谷崎をちらっとみてしまう東。 その視線に気づいたのか、谷崎が東を横目で見る。 もちろん、あわてて、視線をそらす。
 (・・・。 目を合わせたら、食べられるかも・・・。)
  そんなことを思う東。 ・・・大丈夫、食べないって。
 (女の子の体育教師って、珍しい・・・。 髪型も、珍しい・・・。)
  ちょっと失礼なことを思ったりする吉崎。 
  気がつけば、次の先生がすでに立ち上がっていた。
 「・・・えー、安河内 純一(やすこうち じゅんいち)です。 担当は数学です。 わからないことがあったら、また聞いてください。」
  言い終えるなり、すぐに席に着く。
 (いかつっ!)
  新任・赴任組みは全員思った。
 「これで、以上かな。」
  司会役の先生がいいながら立ち上がる。
 「私が、この学年の学年主任の後藤です。 英語を担当するんで、よろしく。 それで・・・。」
  視線を一度下に落とし、手元の資料を手に取った。
 「この後、正式に担当クラス等が決まるので、決まり次第、もう一度集合して報告します。 それまで、休憩兼ねて、机の整理や、校舎内をみて回ったりしてください。」
  周りを見渡しながら、話をする後藤先生。 さすがはベテラン。 話を聞いているほうは、気がつけば、普通に授業を受けているような感覚になっている。
 「・・・そうしたら、三時に集合しましょうか? くれぐれも遅れないように。 特に、谷崎先生、よろしく。」
 「えっ!? なに言ってんですか? 遅れませんよ。」
 「黒沢先生、しっかり見ててくださいよ。」
  笑顔で答える谷崎を尻目に、後藤は黒沢を見る。
 「・・・はい。」
  うつむいたまま、あきれた表情で黒沢が軽く返事を返す。
 「あっ! やだなぁー、信用してないんですかぁ?」
 「では、一旦解散。」
 「ああっ! 無視っ!?」
  笑顔の谷崎は完全に無視され、後藤の号令がかかり、全員が席を立つ。 ただ、谷崎の叫び声だけが、むなしく響いた。

出席番号 1番 〜今立った、スタートライン〜

今日の授業はここまでっ!

次回予告っ!

  東 ・・・ 吉崎さんって、いろんな教員免許持ってますね?

 吉崎 ・・・ うん、落ちとってん。 ししょーも拾ったんちゃうん?

 中田 ・・・ まぁ、近いもんはあるな。

  東 ・・・ ・・・えっと?

 吉崎 ・・・ ウチなんか、大学ん時に近所のガラガラで、数学免許もろたんや。

 中田 ・・・ 俺はくじ引きだったぜ。

  東 ・・・ 冗談はいいですよぉ。

 中田 ・・・ 俺達が、真剣に試験で受かると思うのか? 東さんよぉ?

  東 ・・・ えっ!? まさか・・・?

 吉崎 ・・・ 次回は、“裏口教師のススメ”やで。

  東 ・・・ いやーっ!

 中田 ・・・ ・・・和生、そいつは笑えねぇー。

 吉崎 ・・・ 反省してる・・・。

  東 ・・・ 中田先生は、やっぱりそうだったんですねっ!

 吉崎 ・・・ いえーすっ!

 中田 ・・・ んなわけねーっ!!



【2004/5/5UP】